IMT計測の精度についての基本的考え方
IMT計測の精度に関しては1986年のPignoliの論文の後90年代に入り盛んに検討されてきました。またその精度の意味するところもかなり幅広く考える必要があるようです。通常計測精度というと測定精度が一番悪い処理部分で全てが決まってしまいがちですがIMT計測に関してはむしろ統計的にみた測定精度と考えたほうが良いようです。あるいは総合的精度と言ったほうが解りやすいかもしれません。
私どもはIMTの計測精度を以下3つのカテゴリーに分けて考えるようにしております。
1・解剖学的な実体との比較精度
2・エコー装置に関する精度
3・測定のテクニカルに関する精度
まず1の場合ですが、内膜中膜複合体厚をエコーで計測した場合その精度は一体何を基準にして考えればよいでしょうか。実際に生体内のIMT距離をノギスを使って計るわけにもいかないでしょうから、死体を解剖して測定するのが合理的です。しかしホルマリン漬けの死体を解剖し、エコーデータと比較した結果ではエコーデータとの1次相関は良いものの、相関式の傾きは違っていたとの結果が得られています。これはホルマリン漬けによって組織が全体的に収縮するため実際の生体内にある時とは異なるとの事のようです。したがって我々が問題にしているIMTというのは、生きた状態のままのIMT値を実際に比較して確かめるわけには行かないと言うことです。つまりエコーに映し出されたIMTそのものが真のIMTとせざるを得ないという問題があります。エコー装置自体の精度がどう影響するかは次に議論するとして、現在のIMT値の基準はエコー装置で測定された頸動脈画像をビデオプリンタ等に出力し、熟練者がノギスで測定して求めた値です。これは電子血圧計が開発されたとき水銀柱の目盛りを測定者が読むマニュアル方式によるデータを基準として用いた場合と似ているかもしれません。血圧を定義したらきりがなく出てきます。同様にIMTをどこからどこまでにするか考え始めたらきりがなくなります。ここは当面15年近く世界中で臨床で蓄積されてきたマニュアルによる方法を基準として考える方が実用的と言えます。
次に2のエコー装置自体の精度の問題ですが、よく理論的精度の限界というのが議論されます。それは音波であるエコーが組織の密度が変化するIMT部分で反射され、戻ってくる事でその位置を特定できる事から来ています。少なくとも音波で位置を特定するには特定する距離が音波の半波長以下では不可能です。一般に皮膚組織内の音波速度は1500m/sと仮定されていますので、7.5MHzのプローブを使えば0.1mmが測定限界と計算されます。ただし音波が正弦波であると仮定した場合ですが実際にはパルスで発射されますのでもう少し高い周波数まで含まれているはずで、実際はこれ以下も認識している可能性は大きいと思われます。そうでないとPignoliから以降相当なデータが7.5MHzプローブを使って測定されていますが0.1mm以下の測定値は意味がないと言うことになってしまいます。実際にはIMT値の有意な退縮を示すなど、結果がめちゃくちゃにはなっていません。それなりの結果は出しています。
エコー装置がどの程度まで測れるかは90年代はじめ南カリフォルニア大のグループがIMTのコンピュータ解析の準備としてエコーの測定限界を確認したことがあります。かれらは7.5MHz-9MHzプローブを使い頸動脈の模擬として、合成樹脂にIMTに見立てたギャップを0.27mm-1.76の範囲で0.028mmステップで設け水に浸して測定しました。ただこれがどれだけ実際の内膜中膜をモデル化しているかは疑問には感じますが、エコーで測定した結果と比較した結果では平均差異で0.012mm、最大差異で0.035mmでした。統計的誤差で観るべきと言ったのは0.012mmの平均で考えた方がより実用的と考えたからです。
最近ではエコーがデジタル化処理され精度も上がってきていますので10MHzプローブで最新式のエコーならエコー自体は0.01mmの精度で十分測定できると思っています。ただしエコーは調整が必要でこれもかなり精度に影響してきます。特にプローブから出たエコーはレンズのように収束させられますので、FAR
WALLの深さにうまくレンズを合わせれば測定精度は上がります。輝度、コントラスト、エコーモニターにどれぐらいの大きさで表示させるか等も全て精度の対象となりますのでこれらがうまく調整されてさえいれば0.01mmまで測定は可能だと思います。
最後に3のテクニカルの問題ですがこれが一番問題で特に従来のノギスによる方法では測定者の習熟度や測定者間のバラツキが入りやすい部分でした。90年代はじめ南カリフォルニア大のグループがこの問題をコンピュータ処理することで精度が上がることを盛んに研究しています。この論文ではコンピュータを使ったほうがIMT計測の変動率は2ー4倍良くなることを検証しています。
その後90年代後半に入りスエーデンのグループがやはりコンピュータ処理を研究していますが、特に内膜輝度の変化と外膜の輝度変化が2山になる部分で2次曲線や直線等色々の曲線を使いカーブフィッティングさせ、カーブの種類が誤差に与える影響を調べています。結果としては特定のカーブを決めない方が精度が上がるとしています。ただしカーブを決めない測定アルゴリズムがなにかまでは不明ですが。
その後アメリカの心臓学会が1997年IMT計測の再現性を世界の研究者の主要な論文をレビューすることでまとめています。その中にはフランス,パリのブルセー病院でフランスのコンピュータ処理ソフトで計測したデータも取り上げられています。ブルセー病院では私が訪問した1998年時点で数万データがコンピュータで計測処理されていました。日本では阪大医学部山崎先生が河盛先生と行った研究が取り上げられています。1997年パリで最初のIMTに関する国際会議が開かれ昨年2回目がニュージーランドで開かれました。パリの国際会議の内容はIMT関連の唯一の単行本としてアメリカで出版されています。
さらに私どもが計測精度を上げるために発展させたのは、輝度の変化をコンピュータで検出させるアルゴリズムを欧米同様開発した後、頸動脈軸方向に求まった内膜および外膜エッジポイントをバラツキをさらに小さくさせるため3次多項式で回帰させたことです。これはエコーがうまくとれない部分をマニュアルで補正する場合にも誤差を小さくさせるために役立っています。
またよくエコーモニター内で直線ツールを使って簡易に測定することがありましたがモニター画面垂直方向に合わせる場合がほとんどです。しかし頸動脈を映像で捕らえたとき必ずしもモニターに水平に捕まえられる場合だけではなく蛇行や傾く場合があり得ます。そのときマニュアルでは外膜エッジに垂直方向を見定め傾けて測定するのはほとんど期待できません。しかし0.1mmを問題にする中この垂直方向を求められるかによっては以外と誤差が大きくなります。そこで我々は3次多項式曲線に接触する直線を求め直角な方向でIMTを計算しました。これらはデータベースと評価表を連動させた内容も含め日本のオリジナルです。
さらに1年以上阪大医学部でIMT計測に習熟した3名のドクターに計測してもらい、同様に全くランダムにインティマスコープで計測し結果と平均値で比較し補正しました。実際輝度のグラデーションをどの部分で内膜エッジあるいは外膜エッジと感じるかは測定者間で癖があることが解っています。あきらかに0.05mmぐらい大きくか小さく測定するドクターがいます。現状では真のIMT値は解りませんので従来から行われていた習熟した測定者間の平均値にコンピュータ処理を合わせるのが妥当です。
以上1,2,3を総合的に考えると計測処理は0.01mmで処理できていても実力的には総合的に0.05mm程度と考える方が妥当かもしれません。現在のエコーの実力からすると0.01mmで測定できている場合もあるでしょうが、やはり総合的に考えるべきと考えます。しかしこれは0.05mm以下が意味がないということとは違うと思います。群と群を有意性でみれば90年代はじめの南カリフォルニア大の研究から、当時のエコーでもエコーで0.012mmの違いは測定できていたことを考えれば意味がある結果です。
結論として真のIMTは誰も解らないと思いますので臨床的に役に立つかどうかで観るしかないのかもしれません。最近ABIや加速度脈波、脈波伝搬速度、さらにはStiffnesで動脈硬化を測定する方向が我が国でも観られますが、やはりデータとしてはIMTのように直接動脈壁を観測するのに比べ2次データの感がぬぐえません。これらのパラメータには血圧が入っていたりして誤差要因がさらに大きくなるようにも思えます。それにも関わらず精度を検討した論文があまり多くは見かけないのが不思議なくらいです。IMTはプラークの観測も同時に行うことができ臨床データが世界的に広く検討されていて、スクリーニングとしての価値はますます高まりつつあるようです。また基準が単純な事が重要な点ではないでしょうか。
2001年6月23日 メディアクロス株式会社 伊藤正男